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出世橋を渡って墨俣一夜城へ!
2010年05月13日 (木) | 編集 |

安八郡墨俣町(岐阜県)を歩く


豊臣秀吉と言えば… 大阪城のイメージが強いですが、

   秀吉がまだ木下藤吉郎と呼ばれていた頃に、一夜で築城したと言われ

  伝説となっているのが…

     この安八郡墨俣町にある 墨俣城 ですよね \(^o^)/
   



難攻不落といわれた美濃稲葉山城(岐阜城)を攻略する為に、

  墨俣のこの地に、どうしても城(砦)が必要だったが、

    織田信長の重臣、佐久間信盛、柴田勝家が築城を試みるが相次いで失敗してしまいます。
  



そこで!秀吉は信長に7日のうちに完成すると言上し、

   失敗すれば打ち首を覚悟の状況下で、この城を3日で完成させたと言われています。

  まぁ~実際には詳しい事は分かっておらず…

    現存する資料は全て秀吉が天下を取った時に、

      自分を神のような英雄に仕立てようと、物語風に伝説に作り上げたとも言われていますが、




秀吉が織田信長の下で出世のキッカケとして、

   この一夜城と呼ばれる墨俣築城に成功したと言うのは間違いないようです (*^。^*)
 
  そして、信長が本能寺で倒れた後には、

     天下人となって行くのだから、秀吉の出世の仕方は尋常ではありませんね!




出世橋を渡って、城近くまで来ると! ひょうたんの願掛けがあり、

   秀吉は、「千成ひょうたん」 を馬印にしてたことから、

  出世の足がかりとなった、この墨俣一夜城で、ひょうたんに願い事を書いて、

     ここに捧げると、願いが叶うとも言われています♪ (・o・)  




さて、この墨俣城は最近になって作られたもので、

  城の中は資料館になっており、天主から見る景色は、思ったほどではありませんが…

     それでも、ほのぼのした風景がとても良いですね (^_-)-☆




ここに 「一夜城址」 の碑がありますが…

  秀吉がいた時代と、現代では川の流れも違うだろうし、

     実際には墨俣の場所はココではなかったのかもしれません (゜-゜)




一夜城の伝説… これが本当だったのか、話が大きくなって伝わってるのか、

   実際は分かりませんが、でも… 

  こんな伝説的な話ってなんか良いと思いませんか♪ 

     墨俣城のある場所は、ゆったりとした時間が流れ、なかなか良い場所ですよ!!

   


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「墨俣城」
住所:岐阜県安八郡墨俣町大字墨俣字城之越1742-1  地図はココをクリック
電話:0584-62-3322



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