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清州城!信長が敦盛を舞った理由
2010年05月14日 (金) | 編集 |
清州市(愛知県)で歴史を探索!


織田信長と言えば「安土城」や「岐阜城」と言う印象もありますが、愛知県清州市にある 清州城 の存在を忘れてはいけませんよね (^_-)-☆ 新幹線からも、また高速道路からも、この清州城はよく見えるので、歴史好きな人は、一度は行ってみたい!そんな方も多いと思いはず!

  
清州城1


現在あるこの清州城は、平成元年に当時を想像して建てられたもので、外観はとっても美しく上品♪ いかにも信長の城らしい雰囲気を出してくれ、すぐ横の公園には、濃姫(信長の正室)の像が! 城を見上げてる姿も絵になる♪  


清州城2


そして、城内に入ると、あまりに近代的な作りに少しがっかりもしますが、織田信長に関する様々な展示物があり、「桶狭間の合戦」をイメージしたコーナーなどもあります。桶狭間の合戦と言えば、今川勢2万人に対して織田勢は2千人… その10倍の兵力を奇襲で破ったことで知られてますね。


清州城3


信長のドラマなどを見ると、桶狭間の合戦の直前に 



人間五十年、
化天のうちを比ぶれば、
夢幻の如くなり
一度生をうけ、
滅せぬもののあるべきか



と信長が「敦盛」を舞う有名なシーンが出て来るのは!この清州城での事なんですよ(*^^)v

ちなみに、この敦盛のなかで「人間50年」と出てきますが、これは人生50歳と言う意味ではなく、下天(天界の最下層)では一日が人間世界で50年に相当する。という意味だとか!

だから人間が過ごす日々は夢や幻のよーなもんで、命あるものは全てかならず滅びる運命にある… 要するに「人の世界は天界の感覚からすると、所詮一日程度のことなんだから、死を恐れてどないするねん!」そんな意味の歌のようです。


清州城4


そう考えると、桶狭間の合戦前に信長が「敦盛」を舞った心境も良く分かりますね。死に対する潔さを感じますし、この瞬間だけを見ると勝利を意識してたとは思えない決意すら感じてきます。

さて、城の一番上まで来て景色を見ると (・o・) 


清州城5


実は… ちょっとがっかりするかも。景色は決して悪くないけど、あまりに緑が少なく現代的すぎると言うか… 気持ちが歴史モードになってる時に、この景色は…う~ん何とも残念。


清州城6


とは言っても、周りにはちゃんと緑もあり、清州城から5分ほど歩いた公園には信長の像を見る事が出来ます。


清州城7


そして清州城と言うと…どうしても、再建されたあの美しい城ばかり目に入ってしまいますが、本当に清州城があったのは、五条川を隔てた反対側!まさに東海道新幹線が通ってる場所 \(◎o◎)/!


清州城8


ここには小さく、織田信長公古城跡と記されてます!


清州城9


静かに、その場所は祀られています。織田信長の居城、清州城… 信長が天下を夢見た場所であり、桶狭間の前夜過ごした決死の覚悟をした場所。そして信長の死後、織田家の行く末を「清州会議」で論じられた場所でもありますね。
 
この清州城は、今新しく再建された城も見事ですが、信長を語る上でとっても存在感の大きな場所なので、ついつい昔の古城跡で思いにふけってみたくなります。 
   








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■━━━━━━━━φ(..)メモメモ━■
「清州城」
場所:清須市朝日城屋敷1番地1
地図はこちら
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テーマ:国内、史跡・名勝巡り
ジャンル:旅行
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