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信長を偲ぶ… 岐阜県宗福寺
2011年06月03日 (金) | 編集 |

岐阜市(岐阜県)で「織田信長」ゆかりの地を歩く


旧暦でみると、現代のカレンダーとは異なりますが、

    天正10年6月2日は、織田信長が本能寺で自害した日…

   信長が明智光秀に叛かれた事もあり、この日を 「裏切りの日」 とも呼ぶそうですが、
  
       平成23年の、この日を振り返って政治の世界を見て見ると…




なんとなく、当てはまりそうな場面ってありましたね (・o・)

    まぁ~ 現代の場合は無能な政治家の茶番にしか見えないのが虚しくもありますが…

   さて! この6月2日と言う事から、

       今回は、岐阜県岐阜市にある宗福寺にある信長のお墓を紹介します。   




この宗福寺は、織田信長が岐阜に入った1567年から、織田家の菩提寺となったそうです。

   そして天正10年(1582年)に起きた本能寺の変によって

  信長と、信長の嫡男である信忠が亡くなると、その知らせはスグに宗福寺に届き、

       信長の遺品は側室のお鍋の方のてによって、この寺に埋められたとか…




門をくくって少し歩くと、広い庭が続きます (^◇^)




ちなみに、この寺には 「血天井」 があるんですよ!

   信長の嫡男である信忠の子… 三法師を知っていますか? 

  時代劇などで、信長が死んでしまった後に、秀吉が可愛がる小さな子供。

     秀吉は、この三法師を手中に入れたことで、天下を手に入れる事が出来たともいわれ




この三法師は、後に織田信秀となり岐阜城主となります。

   ところが、秀吉が死んだ後、関ヶ原の合戦で信秀は豊臣側に付き破れてしまうのですが、

  岐阜城に立てこもり、落城まで果敢に戦い、多くの武将がこの時亡くなったそうです。

    その時の岐阜城の血だらけの床板が、現在の宗福寺の天井として使われ、

      今でも、宗福寺に入り、天井を見ると血の跡が目に見て分かります。ちょっと怖いかも…




さて、ここが 織田信長と信忠のお墓ですね。




もしかしたら、この下に側室のお鍋の方が埋めた

    岐阜城にあった信長の遺品が埋まってるのだろうか? (・o・)

   いや、きっと別の場所でしょうね。

      織田信長、私が大好きな戦国の英雄の一人です。

  

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宗福寺

場所:岐阜市長良福光2403-1
電話:058-231-2613
    宗福寺のホームページ



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テーマ:国内、史跡・名勝巡り
ジャンル:旅行
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