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大津城が関ヶ原合戦の勝利のカギ
2011年06月07日 (火) | 編集 |

大津市(滋賀県)で 「大津城跡」 を歩く


滋賀県大津市… 大津港のある周辺を見渡してみれば、

   今はとっても平和的で、多くの車が行き交い、これは日本の各地で良く目にする風景。

  でも、知っていましたか? この場所は日本の歴史を大きく変えた場所なのですよ!

      そう、それは天下分け目と言われた 「関ヶ原の合戦」 です (・o・)




「関ヶ原?? 関ヶ原は岐阜県で、ここは滋賀県大津市では??」 と思う方もあると思いますが、

    この地こそ!!関ヶ原で東軍の徳川家康が勝利に導いた地なのです。

  どうゆうことかと言えば!!!

   2011年の大河ドラマで登場する、浅井3姉妹の 「お初」 の夫である 「京極高次」 は、

       ここ大津城主で、関ヶ原の合戦が起こる直前に




西軍(石田三成)から東軍(徳川家康)に寝がえり、

    この地にあった 大津城 に手勢3000名を率いて大津城に籠城します。

   それに激怒した西軍は、大阪城から15000人の軍勢を率いて、

      毛利元康を総大将とし、武勇に優れた立花宗茂など、総攻撃を仕掛けるのです。




ところが、京極高次は激しい攻撃に耐え、耐えに耐え、

   西軍は、1日も早く大津城を落とし、関ヶ原の地に向かいたいが、

      足止めをされ先には進むことが出来ない!!!

    そして… 最終的には、京極高次は力尽き、城は落とされ、囚われの身となるが、

       その時は既に遅し、関ヶ原では合戦が始まってしまうのです。


きっと… ここに城があり、ものすごい死闘が繰り返されていたのでしょう (゜゜)

    今は、空き地となっていますが、当時の面影は一切ありません。




もしも! 京極高次が、この地で大阪城からの西軍を足止めしなければ!

  15000の軍勢が関ヶ原で西軍に加わっていれば! 歴史は大きく変わっていたかもしれません。

 そして、家康はこの戦功を称え、京極高次に若狭一国を与えるのですが、

    そんな歴史に大きな影響を与えた大津城の跡地は… この碑があるのみです (・o・)




う~ん(p_-) 本当にこの石碑以外、全く何も見当たりません。

    見つけれなかっただけで、他にも色々とあるのかな? (・o・) 

  個人的には、ここの空き土地が古城公園などになって欲しく思う (笑) 勝手な事を…

     だって、思いませんか♪ この地で日本の歴史が変わったと言っても過言ではないのだから!



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大津城跡

場所:滋賀県大津市浜大津5丁目 地図はココをクリック
  ※浜大津の駅から大津港の方へ向か歩道橋の下に石碑はあります。



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テーマ:国内、史跡・名勝巡り
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