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大阪の森ノ宮、越中井!細川ガラシャの井戸の跡!?
2011年10月21日 (金) | 編集 |

森ノ宮(大阪府)で「越中井」を探索♪


細川ガラシャ… この名前を聞いたことのある人は多いと思いますが、

    どんな人物か知らない!って人が殆どかもしれませんね (・o・)

   細川ガラシャとは、戦国時代の人物(女性)で、戦国武将の細川忠興の正室(奥さん)。

       そして、あの織田信長を本能寺で倒した明智光秀の娘でもあります。




本能寺の変の跡、

  謀反人、明智光秀の娘と言うことで、彼女は夫から約2年ほど山奥に幽閉されます。

  
この幽閉は謀反人の娘と言う事で、愛する嫁をの命を守る為とも、

    細川家を守る為とも言われていますが、時代性から考えると後者の方が正しいようです(・o・)

   そんな経験を経て…

      彼女は洗礼を受けキリシタンとなり、ガラシャと名を改めます。  




そして時代は流れ、豊臣秀吉が世を去り、関ヶ原合戦前のこと、

    徳川家康と敵対する石田三成は、徳川方にいた細川忠興に手出しをさせない為

  大阪の細川屋敷にいたガラシャを人質にしようと兵を屋敷に囲ませます。

      ところが… 怖れて屋敷から出てくるはずのガラシャは、屋敷から出て来ません。




それどころか、屋敷の中から炎が上がり出します。そう…

    細川ガラシャは家臣に自分の胸を突かせて、自らの死を選んでしまうのす。

   キリシタンは自害を禁じられているので、家臣に殺させたと言われていますが、

       この彼女の壮絶な最期は、石田三成の評判を大きく落とし




そして、この事件が直接関係した訳ではありませんが、

   石田三成は、多くの武将からの裏切りによって、関ヶ原では大敗してしまいます。




細川ガラシャの最後の地… その石田三成が囲った細川屋敷は、

   ちょうどこの場所にあったそうです。そして今も残るのは屋敷にあった井戸のみ現存してます。

  細川忠興が、越中守忠興と呼ばれていたことから 「越中井」 と名付けられていますが、

      きっと、この場所も炎に包まれていたのでしょうね。


    
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「越中井」

場所:大阪府大阪市中央区森の宮中央二丁目12 地図はココをクリック




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テーマ:国内、史跡・名勝巡り
ジャンル:旅行
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