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ここが真田幸村の最後の地…安居神社
2011年11月08日 (火) | 編集 |

天王寺(大阪府)で「真田幸村ゆかりの地」を探索♪


徳川家康が最も恐れた男… とも言われる戦国武将!真田幸村。
 
    その幸村の戦死した場所が大阪の天王寺にあると聞いて行って来ました!

  ここは 安居神社 安井神社とも、安居天満宮とも呼ばれている場所で、

       この辺り一体が豊臣家が滅亡した大阪夏の陣の戦場だったのですね…




ちなみに、この「安居神社」 と言う名前は、

   菅原道真が大宰府に流されるときに、風待ちのために休息をとったので 

     「安居」 と言う名前が付けられたそうですよ (^◇^)


この神社の前を通ると、「真田幸村戦没の地」 と書かれた碑があります。




この戦は徳川軍と豊臣軍の最後のものでしたが、豊臣側の敗色が濃厚となり、幸村は最後に

     「今はこれで戦は終わり也。あとは快く戦うべし。狙うは徳川家康の首ただひとつのみ!」

   と呟き、真っ正面から家康本陣のみに狙いを定めて突撃を始めます。




かつて徳川家康は、この時から約40年程前に、武田信玄と戦った時、

  散々に敗れ、本陣に攻め込まれ馬印が倒され、命からがら逃げと言われていますが、

    この幸村が突撃してきた時も、家康の本陣の馬印を倒し家康は命からがら逃げ通したそうな。




家康の本陣の馬印が倒されたのは、武田信玄以来2回目の事だったらしく、

   真田幸村も、もともとは武田の人間だったので、

      滅んでしまったとは言え、武田家の強さを知らされますね (゚д゚lll)




ただ、やはり徳川の軍勢には勢いも数も劣るので、

   勝機を失うと、もうどうする事も出来ず… 真田幸村は、まさにこの地で命を落とします。




当時、ここには松の木があり、その木の下で首を討たれたそうですが、

    その松の木は今はもうなく、当時を偲び新しい松の木が植えられています。

  この天王寺周辺には、大阪冬の陣、夏の陣に関する史跡が数多くありますが、

      やっぱり真田幸村に関するものが一番目にとまります。戦国の英雄、ここに眠るですね。


  
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「安居神社」

場所:大阪府大阪市天王寺区逢阪1-3-24 地図はココをクリック




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テーマ:国内、史跡・名勝巡り
ジャンル:旅行
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