スポンサーリンク

スポンサーサイト
--年--月--日 (--) | 編集 |
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。




御旗山に馬印!長久手合戦の勝利の決め手( ・д・)/
2011年11月10日 (木) | 編集 |
長久手市(愛知県)で歴史を探索!


織田信長が本能寺で倒れた後、権力争いが勃発し、
小牧長久手の戦いが起こります (・o・)

羽柴秀吉(豊臣秀吉)と徳川家康は、
犬山城」と「小牧城」で対峙するが、
しばらくの間にらみ合い状態が続き… 
羽柴軍は計略を練り、
家康の本拠地である「岡崎城」を急襲しようと、
こっそり出撃していきます。


御旗山1


ところが、この作戦は家康軍に把握されていて、
岡崎までの道中にある長久手付近で、
羽柴軍と徳川軍は激突!!
 
現在、長久手にある「古戦場公園」は
その戦の舞台になった場所ですが、
その少し北側に 御旗山 と言う
少し小高い山があります


御旗山2


この御旗山は、家康が馬印を立てたと言われる場所!
どう言う事かと言えば… 

この山は今でもそうですが、
周りから良く見える小高い山で、
ここに 「馬印」 を立てると言う事は、

つまり戦を戦っている全軍に
徳川勢が有利であると示す
絶好の場所だったんですね♪ (^_-)-☆


御旗山3


現在、この場所には「富士浅間神社」が立てられ、


御旗山4


そして、少し家康の案内などが、
記録としてかかれています。


御旗山5


あと、小さな「御旗山」の碑があるのみ v( ̄∇ ̄)


御旗山6


もしかすると、家康はこの地で、
戦の流れを見ていたのでしょうか…
ちょうどこの方面が、
長久手の「古戦場公園」のある場所。
(家康の本陣は「色金山」だったと言われています)


御旗山7


この小牧長久手の戦いでは、
最終的には家康が勝利しますが、
政治的には秀吉が勝り、
天下はまずは羽柴秀吉のものに…

しかし最終的に、徳川が天下を取ったのは
この戦の勝利が要因だったのは間違いなく、

この戦いもまた、
天下分け目の戦いの一つだったと言えるでしょう! 








▼愛知県の宿泊先を【じゃらん】で探す
▼愛知県の宿泊先を【一休.com】で探す

▼宿泊先を【楽天トラベル】で探す




ブログランキングに登録しています(/・ω・)/
 「応援のポチッ!」して頂けたら、とっても嬉しいです♪


にほんブログ村 旅行ブログ 旅行グルメへ
にほんブログ村 

ご当地グルメ ブログランキングへ



■━━━━━━━━φ(..)メモメモ━■
「御旗山」
場所:愛知県久手市富士浦41 
地図はこちら
■━━━━━━━━━━━━━━━■




関連記事




テーマ:歴史・文化にふれる旅
ジャンル:旅行
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿
URL:
コメント:
パスワード:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。