スポンサーリンク

長久手の色金山!運気が上がる?家康の床机石♪
2011年11月17日 (木) | 編集 |
長久手市(愛知県)で歴史を探索!


1582年に織田信長が本能寺で倒れた後、
羽柴秀吉(豊臣秀吉)と徳川家康は、
その約2年後に小牧長久手で戦います。

これが 小牧・長久手の合戦 です。

この戦の最大の見せ場は、
家康の本拠地である「岡崎城」を急襲する 
「中入り」と言う羽柴軍の作戦 (^_-)-☆


色金山1


極秘に進められた羽柴軍の作戦でしたが
実は徳川軍に見破られており、
羽柴軍は岡崎城に到着する手前の長久手で徳川軍と戦に!

結論から言うと、
作戦を見破られていた羽柴軍の大敗北に終わります。
そして勝利した徳川家康がこの戦で本陣としたのが、
この 色金山 だとか(^^)/


色金山2


この山には当時「八幡社」があり、
家康が勝利を祈願したと言われ、
現在は石碑のみが残っています。
その写真が上の写真 (・o・)

この戦では、羽柴軍は約2500人、
徳川軍は約550人もの死者が出たと言われ、
ここに慰霊碑がありますね…


色金山3


さて、色金山を登って行くと


色金山4


途中で沢山の石仏があり、
これも長久手の合戦で亡くなった方を
供養するものなのでしょうか?


色金山5


さて、頂上までくると!!


そこには少し大きな石が置かれてて (* ̄∇ ̄)ノ
実は、この石こそ!!!


色金山6


そう♪この場所に徳川軍の本陣が置いた時
この石の上に徳川家康が座り、
軍を指揮したと言われています。( ̄▽ ̄)おぉ~

今現在では、この石の事を「床机石」と呼び、
この石に触れると、運気が上がるとか!!


色金山7


この戦には徳川家康は完全に勝利しますが、
政治的な戦略で、天下の流れは
羽柴秀吉の方へと転がって行ってしまいます。

でも、秀吉が死ぬ時まで徳川家康の立場が不動であったのも、
後に家康が天下をとって江戸幕府をひらくことが出来たのも、
結局は、この戦の勝利あってのものだったのではないでしょうか。


色金山8


ふぅ~ 頂上には展望台があり、
ここからの景色は絶好です (* ̄∇ ̄)ノ

この景色の方面が「長久手の古戦場」の方角で、
 遠くに見える小高い山のような場所が「御旗山」ですね。


色金山9


当時と景色は随分と違ってしまっていますが、
徳川家康も、この場所から戦を見守り、
天下への野望を持っていたのかと思うと

何だか、この場所に立ち景色を見てると、
元気が湧いてくる気がします。
天下人の足跡をたどるってのも!

これまたパワースポットなのかもしれない♪








▼愛知県の宿泊先を【じゃらん】で探す
▼愛知県の宿泊先を【一休.com】で探す

▼宿泊先を【楽天トラベル】で探す




ブログランキングに登録しています(/・ω・)/
 「応援のポチッ!」して頂けたら、とっても嬉しいです♪


にほんブログ村 旅行ブログ 旅行グルメへ
にほんブログ村 

ご当地グルメ ブログランキングへ



■━━━━━━━━φ(..)メモメモ━■
「色金山」
場所:愛知県長久手市岩作字色金37番地1 
地図はこちら
■━━━━━━━━━━━━━━━■




関連記事




テーマ:国内、史跡・名勝巡り
ジャンル:旅行
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿
URL:
コメント:
パスワード:
秘密: 管理者にだけ表示を許可