スポンサーリンク

スポンサーサイト
--年--月--日 (--) | 編集 |
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。




京都に豊臣秀頼の首塚が!清涼寺
2011年11月24日 (木) | 編集 |

嵐山、嵯峨野(京都府)で「清涼寺」を歩く♪


京都嵐山に来ると、観光する場所が数多くあるので、

   何処に行こうか迷う方も多いと思います♪ そんな中、もし歴史が好きなら…

  『源氏物語』 の主人公光源氏の実在モデルの一人と言われる!

     源融(みなもとのとおる)の別荘のあった場所なんてどうでしょうか (*^。^*)




ここは 清涼寺 と言う浄土宗の大きなお寺で、

   仁王門には、室町時代後期に作られたと言われる、赤く迫力ある金剛力士像があり




この仁王門を過ぎると、清涼寺の境内となります v( ̄∇ ̄)

   この清涼寺は、東大寺出身の然(ちょうねん)と言う僧が

  中国の宋から持ち帰った釈迦如来を安置するため建てられることとなりますが、

     何度か火災にあってしまい、現在あるのは1701年に再建されたものだそうです。
      



これが本殿ですね(^_-)-☆

  ここには国宝に指定されている 「三国伝来の釈迦像」 が安置されています。




そして… この清涼寺の本殿すぐ横にあるのが、

    「棲霞寺(せいかじ)」 と呼ばれるお寺で、ここが!!光源氏のモデル

  源融の別荘 「栖霞観(せいかかん)」 があった場所だと言われている所 (^_-)-☆




まぁ~、ここに、あの光源氏が住んでたと思うと… 

    少しロマンを感じちゃいますね (^◇^)

   ちなみに、現在の 「棲霞寺」 と言う名前は、

       源融の一周忌の際に 「阿弥陀三尊像」 を安置し称号が変わったからだとか。




清涼寺は、このようなお寺ですが…

    実は、この境内の中に! とっても意外なモノを見つけました w( ̄Д ̄ w

  それは! 徳川家康と大阪の夏の陣で敗れ自害した 「豊臣秀頼の首塚」 です。

       一体どうして、こんな場所に?? (;゜0゜)




実は、昭和55年に大阪城三の丸跡地の発掘現場から出土した首が納められたもので

   この頭蓋骨は、20~25歳の若武者で、首に介錯の跡があり、

  人為的に埋葬されていること、またその出土品などから、

     大阪夏の陣と時期が合うことが判明し、豊臣秀頼の首と断定されたそうです。

   
 ちなみに、この清涼寺は豊臣秀頼が、秀吉の死後に再興した寺だったので、

   その時のご恩を感じ、この寺が供養し弔ったのだと耳にしました。なるほど!

      様々な歴史が交錯する場所、これもまた散策するには魅力ある場所ですね♪



   「ブログ村」情報ランキング登録中!ココをクリックしてくれると嬉しいです → 「ポチっとしてね!」






「清涼寺」

場所:京都市右京区嵯峨釈迦堂 藤の木町46  地図はココをクリック




関連記事




テーマ:旅の思い出
ジャンル:旅行
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿
URL:
コメント:
パスワード:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。