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龍馬も見ていた高知城!
2012年05月15日 (火) | 編集 |

高知市(高知県)の「高知城」を歩く♪


高知県のシンボル的存在でもある高知城 (* ̄∇ ̄)ノ

    別名で鷹城とも呼ばれるこの美しい城は、

  関ヶ原の合戦で功のあった山内一豊によって着工され、江戸時代初期に築城されたもの!

      現在では、日本の名城100選にも選ばれています。




もともとこの地には長宗我部氏が治めていた地域で

    戦国時代以前には 「大高坂山城」 と呼ばれる城があったそうです。

   そして関ヶ原の後、山内氏がこの地を治めるようになり

     1603年に山内一豊は、新しい城を 「河中山城(こうちやまじょう)」 と改名しました。




ところが、2代目の山内忠義は 「河中」 と言う言葉からくる水害を恐れ

   「高智山城」 と名付けなおしたと言われています。

   そして、その言葉が後に省略され、現在の 「高知」 と言う名前になったとか!

       お♪ 下の写真は、山内一豊の像ですね (^_-)-☆




そして、こちらは 「内助の功」 として有名な一豊の妻、千代の像です。

    この千代は、NHKの大河ドラマ 『功名が辻』 で知られるようになりましたが

  その原作者の司馬遼太郎は

     「千代がいなければ一豊が国持ち大名になるなどありえなかった」 と記しています。




さて、階段を歩いて行くと…




特に大きい城とは言えませんが、実に美しく立派な本丸があります。

   この高知城は本丸の建物が完全に残っているのですが、

      完全な状態で本丸が残っているのは、この高知城だけだそうです!! w( ̄Д ̄ w

  …となると、龍馬の時代からこの本丸は何一つ変わらず、

     龍馬が青年期に見上げてた城も、まさにこのままの状態だったんですね♪




そして変わったのは、周りの景色…




やっぱり城は気持ちいですね (*´∀`)

    山々に囲まれた高知市内が一望できます!




この本丸は昔のままで残ってると知ってから、

    龍馬が見たであろう堀の向こうからも城がみたくなり、振り返ってみました。

   実際は、龍馬の身分からすると、こんな近くから城は見ていないかもしれませんが、

      ちょっと当時の雰囲気を味わってみたくなっちゃいます (*^。^*)




高知城はキレイに整備されてて歩きやすく

    大き過ぎず小さすぎず、ちょっと観光がてらにブラブラするには最高の城。

  高知県と言えば幕末のイメージが強いけど、

       山内一豊の時代も合わせて見てみるのもまた面白いですよ♪



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「高知城」

場所:高知県高知市丸ノ内1丁目2-1 地図はこちら

   高知城公式ページ




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テーマ:国内、史跡・名勝巡り
ジャンル:旅行
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