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土佐清水市でジョン万次郎の生家跡地へ!
2012年05月30日 (水) | 編集 |

土佐清水市(高知県)の「ジョン万次郎の生家跡」を探索♪


日本人として初めてアメリカの地を踏んだジョン万次郎

   本名は、中浜万次郎と言い、貧しい漁師の次男だったそうです。

  万次郎が14歳のある日、彼は遭難してしまい、アメリカの捕鯨船に助けられます。

     そんなジョン万次郎の出身地、高知県土佐清水市中浜に来てみました!




足摺岬から車を走らせ、土佐清水の市街に入ろうとした頃に

   「中浜万次郎の生家跡」 と書かれた看板を見かけ、寄り道をしたわけですが…

  実は、この看板が不親切で途中からの道標がなく、目的地が分かりにくく、

      車のナビで地域を調べて見ると 「中浜」 と言う地名が (・o・)


ジョン万次郎は、中浜万次郎が本名なので、

   おそらく… 地名から名前が来ているに違いないと! そこまで行ってみると

      やっぱりね(^_-)-☆ 正解でした!!




ジョン万次郎の生家跡までは道が狭く車ではいけないので5分ほどの歩くと…

   途中で 「ジョン万次郎の母」 の実家の看板を過ぎて、




すぐの場所に、ほら! 「中浜万次郎の生家跡」 が! (*^。^*)




そして、このすぐ側には当時の生家を復元したものが建てられてて…

   建物の中を見学することが出来き♪




それがこんな感じ д・)ノ

   質素だけど、けっこうしっかりした建物ですね。




さてさて、ジョン万次郎の生家を見た後、

   車を置いた場所まで戻って行くと、見晴らしの良さそうな場所があったので

      ちょっと登って行ってみると、




そこには、ジョン万次郎の記念碑があり、




そして、振り返って見て見ると、海が見えていました o(*^▽^*)o

    当時と今とでは、この海の景色も随分と違ってしまってると思いますが、

  ジョン万次郎は、子供の頃はこの海岸で遊び、そして育ち

       この海からアメリカまで行ってしまったんですね… (*´∀`)




歴史にもしもはないけれど、もし万次郎が遭難しアメリカに行ってなかったら

    日本の開国は随分と遅れていたかもしれません。何故なら彼は帰国後通訳とて大活躍し

  ペリーが黒船にのって日本に来た後の日米通商条約や通商条約に尽力し、

     また勝海舟や福沢諭吉などにも大きな影響を与えて行きます。

       全てはこの海から始まったとも言えるのかもしれませんね v( ̄∇ ̄)ニヤッ


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「ジョン万次郎 生家跡」

場所:土佐清水市中浜 地図はこちら

   ジョン万次郎の詳細はこちら




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テーマ:国内、史跡・名勝巡り
ジャンル:旅行
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