スポンサーリンク

天守閣と本丸の違いって何?和歌山城を探索してみた♪
2014年06月07日 (土) | 編集 |
和歌山城を探索(*´∀`*)ノ 天守閣と本丸の違い

白亜の天守閣がそびえる美しい和歌山城は、1585年に豊臣秀吉が築城の名人藤堂高虎に命じて築城されたのが始まりでした。
その後、関ヶ原の戦いで功をたてた浅野幸長が入城し、徳川時代になった後は、徳川家康の第10男である頼宣(よりのぶ)が入城するのです。

和歌山城1


この頼宣が入城してからは、紀州55万5千石となり、水戸・尾張と並ぶ徳川御三家のひとつとして、徳川幕府を支えてゆきます。そして、徳川8代将軍の吉宗、14代将軍家茂を出し、和歌山城は西日本を監視する大きな役割を担ったお城として大いに栄えた、そんなお城です(^_^)/

天守閣にのぼると和歌山市内が一望出来て、絶景が広がります。和歌山の美し山、そして雄大な紀ノ川、また海も見ることが出来ます。この景色を見てて、ふと気が付いたのが、和歌山城の天守閣のすぐ下に小高い丘があり、そこに一直線に向かう階段があること(・ω・)ノ

和歌山城2

城の中に戻り、案内板を見てみると、そこには「本丸跡」と書かれています。本丸跡??( ゚Д゚) 天守閣と本丸って同じように感じるけど、一緒なのかな?違うのかな?
そういえば最近読んだ山本謙一氏の「火天の城」と言う織田信長の安土城建築の物語を読んでるとき、主人公の岡部又右エ門が天守閣を、そして足利将軍家出入りの大工、池上五郎右衛門が本丸を担当し、競い合うように建築していったことが書かれていたけど・・・ どうちがうのかな??

和歌山城3

そこで調べてみると 「天守閣」とは、城主の権威を誇示するための外観的な象徴で、役目としては、物見櫓的な、遠くを見晴らすもので、内部は狭く、実際には武器庫的な利用をされてたことが多かったようですね。それに対し「本丸」は、城主の住まいがあったり、軍略会議や政務を行っていた、いわば城の本部のようなもの。

和歌山城4

なるほどなぁ~ ただ、和歌山城の場合は地形的に不便で、また手狭だったので、本丸はほとんど空屋敷状態だったようです。

また小説「火天の城」での安土城では、信長は天守閣に住み、そして「本丸」には天皇を迎える予定になっていたので、実際の所、天守閣や本丸の意味合いって言うのは、それほど決まってたわけではなさそうですね。
本丸が実務的な要素を持つのに対し、天守閣はシンボルって感じで考えるのが、分かりやすいのかもしれないですね。

 ●和歌山城の珍スポットはこちら!




ブログランキングに登録しています(/・ω・)/
 「応援のポチッ!」して頂けたら、とっても嬉しいです♪


にほんブログ村 旅行ブログ 旅行グルメへ
にほんブログ村 

ご当地グルメ ブログランキングへ




スポンサードリンク





関連記事


テーマ:歴史・文化にふれる旅
ジャンル:旅行
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿
URL:
コメント:
パスワード:
秘密: 管理者にだけ表示を許可