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山中鹿之助の首塚
2012年11月12日 (月) | 編集 |

鞆の浦(広島県)を探索♪


鞆の浦(とものうら)をブラブラと探索している時

   山中鹿之助の首塚を見つけました!! 歴史の戦国時代が好きな人は、

  この名前を聞いたらピーンと来ると思いますが、少しマイナーな人物 (^^ゞ

      その首塚は、この橋を渡った向こう側の静観寺の前にあります。  




この橋?? ( ̄∇ ̄; そう、わずか1メートルほどの橋のこと!!

    ちなみに、この橋は 「ささやき橋」 と呼ばれ、

   応神天皇の時代に職務を忘れ、恋に落ちた者が処罰されてしまったらしく

      この場所で、密かに恋を語らっていたので、橋にこのような名前が付いたとか…

         ちょっと悲しい場所のようですね (゜-゜)




さてさて、山中鹿之助に話しを戻しますが、

   この人物は戦国大名尼子氏の家臣で、優れた武勇の持つことで知られ

 「山陰の麒麟児」 の異名を持つ。そんな優れた人物でした (・o・)

     ところが当時の尼子氏は毛利元就などによって衰退を辿るばかり…




そんな中で、山中鹿之助は… 御家再興のために

   「願わくは、我に七難八苦を与えたまえ」 と三日月に祈ったと言われています。

  どんなに優れた武将であっても、結局は一人では何も出来ず

      結果的には捕えられ、殺されてしまうのです (・o・)  




山中鹿之助は、衰亡していく家に忠誠を尽くして戦い続けた忠義の武将として

    美談として物語になったり、悲運の英雄の代表例でもあります (。-_-)ノ

   そして明治以降の教科書にも、彼の生きざまは国民教育の題材となったとか…

      そんな彼の首塚は複数の場所にあるようですが、ここ鞆の浦にも祀られてます。




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「山中鹿之助首塚」

場所:広島県福山市鞆町後地1199 地図はこちら


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テーマ:国内、史跡・名勝巡り
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